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2016年5月17日 (火)

播磨国明石郡ってどんな所?

明石について調べてみよう。

 

近くてもいい所はきっとあると、兵庫県観光百選を片手に回りかけたのがきっかけで、”ゆっくり””じっくり”ローコストで行くにはキャンプが一番と思いたち。
車をテント代わりに変えて、ふーらい坊の旅に出かけるようになったが、汐風、水平線に沈む太陽等の誘惑に負けて、ぐるっと海辺を周ることとなってしまった。

 

赤穂市の福浦地区を廻った時、”じっくり”回れば、やっぱり「いいとこは近くに有る」と改めて思う、東海・房総を廻って、外海に面した所をあらかた周ったこともあり、改めて兵庫県を回って行きたい思いに至る。

 

もう一度、「兵庫県ってどんな所」と考えてみた。
昔の国で言えば(令制国制度下)
播磨国、但馬国、淡路国の全域、摂津国、丹波国の西半分ほど、僅かながら美作国、備前国の区域も存在して七つの令制国の区域をも含む。
五畿七道の区分においても、畿内、山陽道、山陰道、南海道の4つにまたがる。---らしい。

 

---以下は、ウィキペディアを参考にしました。---
郷土の明石をチョット調べてみると。

 

律令制以前には「明石国」があった?
明石国(あかしのくに)は、現在の兵庫県に存在した律令制成立以前の国の一つ。
播磨国および兵庫県にあった明石郡、美嚢郡、加古郡、印南郡 の4郡が明石国だったとされる。
大化の改新以降に、針間鴨国とともに針間国に編入され、播磨国の一部とされた。
--とありました。

 

明石(あかし)とは、兵庫県南部の地名。『源氏物語』や『日本書紀』にも登場する古い地名。
***ウィキペディアの明石については、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E7%9F%B3です。

 

明石郡については
明治以前の、播磨明石藩領全域が明石郡になったようで、1町144村もあったようです。
明治初年当初----1町144村が
明治22年の市町村制で----1町11村に、**途中は割愛**
現在は、8村が神戸市、1町3村が明石市になっている。

 

明石郡の変遷---町村一覧表です。

 

 

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