東海・房総4日目
道の駅くるら戸田から道の駅伊東マリンタウン迄、ほぼ伊豆半島の大半を行ったことになるが、西海岸はアッチよりコッチよりの道中だったが、先端の石廊崎からの東海岸は、天候の下り坂もあり一気に伊東マリンタウン迄行くことになった。
伊東マリンタウンは、道の駅に温泉施設「シーサイドスパ」が併設されている、「シーサイドスパ」は朝湯もあり車中泊には便利だ。

伊豆半島(1)
御浜岬公園(戸田灯台と富士)
戸田港の西側に有る御浜岬公園からは、駿河湾越しに富士山が見える、車中泊を考えていたが風が強く道の駅くりら戸田に変えた。
朝来た時は、雲に隠れて富士は見えなかったが、時間が経つとテッペンの方から雲の上に、いや、雲が下に下りてきて見えるようになった。

富士山だけを見るとこんな感じだった
雲は、もう少しだけ下に下りたが、また上に上がっていった。

碧の丘
高台にあり駿河湾が一望できる、遠くは霞んではっきり見えない。

旅人岬
家族と銘されたブロンズ像があり、ここも眺望がいい、夕日のスポットにもなっていると思われる。

恋人岬(愛の鐘「ラブコールベル」)
駐車場から、遊歩道で700m程行った所にある、「恋人達の聖地」ともいわれ、恋人達や観光客で賑っている、残念ながら、富士山は見えていなかった。

下の文章は、展望台に有った「恋人岬ヒストリー」説明看板の、「恋人岬の民話」部分をOCRにかけていますので誤字、脱字があるかもしれません!!。
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恋人岬の民話
これは土肥の村(旧土肥町)にある金山採掘が最盛期であった頃のお話です。土肥の屋形(現在、花時計のある場所付近)という地区に福太郎という漁師が住んでいました。彼は年老いた両親を抱えながら朝と夕に小舟で漁に出るのを生業としていたのです。
一方、小下田の米崎という地区におよねと言う娘が住んでいました。彼女もまた年老いた両親に代わり、小さな畑を耕し細々と暮らしていました。
そんな二人が出会ったのは土肥の村で開かれていた朝市の事です。二人はたちまちのうちに恋をしてしまったのですが、福太郎のいる土肥の村からおよねのいる米崎までの道のりは遠くて険しい為、丸一日かかってしまいますし、お互いに年老いた両親を抱える身であった為なかなか逢うことさえ許されませんでした。
福太郎に出会ってからのおよねは毎日近くの神社にて福太郎と添い遂げられるよう願を掛けていました。 雨の日も風の日も毎日願を掛ける…そんな日が続いたある日の事‥いつものように神社で願を掛けているおよねに声が聞こえて来ました「およね、ここに二つの鐘がある、一つを福太郎に授け愛を確かめ合うがよい…。」驚いたおよねが目を開けると目の前に二つの鐘が寄り添うように置いてあるではありませんか!「きっと神様の声に違いない」そう確信したおよねは二つの鐘を大事そうに抱え、福太郎の元へ行く決心をしたのです。
話を聞いた福太郎は、およねの話を疑うことなく、一つの鐘を受け取り、自分が漁に使っている小舟の舶先に取り付けました。福太郎は朝と夕におよねのいる米崎沖を通って黄金崎まで漁に出ているのです。
それからおよねは福太郎が米崎の沖を通る時間になると、険しい山道を登り海を見渡せる岬に立ち、海に向かって鐘を3回鳴らしました。その鐘の音を聞き福太郎もまた、小舟の舶先に取り付けた鐘を3回鳴らして応える…これが逢いたくても逢うことが出来ない二人の愛を確認しあう唯-の方法だったのです。その二人の行為は時に霧で視界が悪い時には、およねの鐘が灯台の役目をして福太郎の命を助けた時もあったと云われています。
こうした二人の恋物語は米崎の村人達の問でも話題になり、村人達の協力もあって二人は結ばれ幸せに暮らしたという事です。
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先端展望台の手前にも、愛のシンボルの鐘があり、隣には「富士見遊歩道記念碑」がある、天気のいい日には富士山が望めるようだが通行止めになっていた。

2016.04.12撮影