九州西海岸を行く、北松浦半島北海岸(2)今福港-松浦港海のふるさと館。
北松浦半島北海岸で長崎に入ると、最初に松浦市今福町がある、松浦市は水軍で有名な松浦党の発祥の地である。
今福港
今福港は、飛島、鷹島へフェリー(鷹島汽船)が出ている、今福港の最寄り駅の駅名は鷹島口駅となっていた。

道路公園、松浦水軍の兜
今福港から国道204号線を、平戸方面に進んでいくと大きな兜がある道路公園がある。

兜の前に有る松浦水軍に関する説明看板。

道の駅松浦海のふるさと館
松浦市の中心部から少し西に行った所に道の駅松浦海のふるさと館がある、その日に松浦魚市場で水揚げされた鮮魚が、物産館の鮮魚即売コーナーで販売されている、食堂もあり、ぶり丼が安くて美味しかった。-----ぶり丼の記事

道の駅に有った、元寇のときの復元模型の軍船があった。

軍船の前に有った説明看板。

説明看板の文書です。
1281年(弘安4年)7月30日の夜、弘安の役における総勢4400隻の船と14万人ともいわれる元軍(モンゴル+高麗+南宋の連合軍)の大半が松浦市(鷹島周辺の海底)に沈んだといわれています。
平成24年3月27日、文部科学省は元の軍船や遺物が発見された松浦市(鷹島町神崎免の沖合い海域)を、日本で初めての海底遺跡「鷹島神崎遺跡」として国史跡に指定しました。
蒙古襲来に関わる古戦場です。鎌倉幕府を崩壊に導いた原因のひとつであり、日本史上重要な事件と七て知られています。
この遺跡から出土した様々な遺物は、これまでの文献や絵画などでしか知ることができなかった蒙古襲来の様相を具体的に明らかにするとともに、当時の軍事や外交などを理解する王で極めて重要な遺跡として評価されています。
平成23年秋、鷹島海底遺跡を調査していた琉球大学のグループが元の軍船を発見しました。
この調査で見つかったのは、船底の背骨にあたる竜骨(キール)と呼ばれる部分で、竜骨の大きさは、幅約50センチ、長さ約12メートルで、これから推定される船の長さは20メートル級と見られています。
展示の船は元軍の上陸艇で、NHK大河ドラマ『北条時宗』の撮影に使われたものです。
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文書は、スキャナcanon9000Fに付属していた「読取革命Lite」で文書化しました。
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今福町の観光は「今福町の観光地図」を参考に。
2015.01.09撮影